2025/04/13 13:52
やっと少し暖かくなってきた。
娘の高校進学にともない、入学準備に入学式、親戚への内祝いを用意したり、お弁当生活が始まったり。
子供のことでバタバタできるのもあと数年しかないし、一つ一つ心を込めてやっていきたいと年々強く感じます。
バタバタしつつもとても幸せな気分で動いていたのですが、家族とは関係ないところで問題が起き、それから地味に神経がすり減ることが続いて、とうとう体調を崩してしまいました。
声にも影響出てしまって、大変だった、、、
娘が入学した高校は芸術に力を入れいている学校で、入学式はオーケストラの生演奏。
なんだか、こんな機会をいただけていることがとても嬉しく、終始、ここに連れてきてくれた娘にありがとうという気持ちでいっぱい。おかげで、問題や心配事にも、なんとか立ち向かう勇気をもらえた気がします。
人間だからしょうがないとは言え、世の中にはどうしても「邪」というものがあって。
「邪」を分解してみると、純粋に「欲」に行き着くと思っている。
「欲」がないと生きていけないから、全否定はしないんだけど、そこに「利己的」と「正当化」がくっつくと、めっちゃ「邪」になる。
自分の欲を正当化してしまってると、その欲 = 「良いことしてるエネルギー」として変換されるみたいです。
良いことしてると思っているから、利己的なのに「みんなのためにやっている」と、変換されてしまうみたいです。
パワハラする人とかも、この部類に入るよね。
周りの人に「〜すべき」と言う支配的なマインドを押し付けて、それが正しいことをしていると思っているから、とっても厄介。
今、COTENラジオの「障害の歴史」についてのエピソードを聞いてて、あまりに壮絶すぎて吐きそうになってるけど、優生思想とか差別とか、都合よくストーリー展開していきたい”人間の性質”みたなものが見てとれて、自分に起きている問題とは全然かけ離れているように見えて、実は、構造的には同じなんだなぁと感じて、悲しい気持ちになりました。
ただ、ここで自分でも気をつけなきゃいけないのは。
「こういうことを知った」ってだけで、行動にしっかり現れないうちは
「ただ知っているだけの人」と言うこと。
この、知識と自分をつなぎ合わせて行動に現れる、までの流れ。
とっても難しいことだけど、やはりマインドフルネス瞑想が、本当に助けになると感じた日曜の朝。
気を確かに来週からまた、コツコツ頑張っていきます。
